令和の日本型教育とは㉓

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皆さんこんにちは。

「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)が令和3年1月26日に中央教育審議会より出されました。

この答申を少しずつ読んでいきましょう。今までチュウキョウシントウシンとカタカナで聞こえていた内容が、中教審答申と漢字で聞こえるようになるように、行政職の皆様も知識を蓄えていっていただければと思います。

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本日は第2部各論の2「9年間を見通した新時代の義務教育の在り方について」(2) 教育課程の在り方②補充的・発展的な学習指導についてを読んでいきます。

答申では、まず、児童生徒の負担を考慮しながら、学習内容の理解を深め、広げるという観点から適切に発展的な学習を取り入れる、ということを言っています。

また、学習指導要領を逸脱する、という言い方を以前よく聞いていましたが、指導要領に書いてあることはもちろん実施するとして、必要があればそれにプラスして指導することができる、とされていることを確認したうえで、学年や学校段階を超えたり、学びなおしで基礎を定着したり、という柔軟な方法が提示されています。つまり、その学年の学習指導要領に書いていることだけ金科玉条のように守る必要はない、と言っているわけですね。

補充的・発展的な学習を行う際は、すぐに思いつくのがタブレットによるドリル学習ですが、それを有効に使うとともに、思考力、判断力、表現力等や学びに向かう力、人間性等の育成も十分に行われるようにしなければならない、と答申にはあります。ドリル学習するとすぐに「コンピューターが先生だなんて血が通っていない、温かみがない、画一的な教育に陥る」というような話が聞こえてきます。そういう側面があることも事実ですが、大多数の場合、「ドリル学習に人間の仕事を助けてもらう」ことができる、です。何度も申し上げますが、これらの非難に関しては、既に時代遅れであるという認識が必要になっています。時代は、既に「ICT機器をどう活用するかを人間が決める能力が必要になっている。ICT機器に使われるような人間であっては大変だ」です。

発展的学習についても、個別学習のみで学習を終えることにならないよう留意し、協働的な学びが取り入れられるように教育活動を工夫、とあります。協働的な学びができるのが学校の最大のメリットですので、個別学習のみに終始するのなら学校に所属することすら意味がない、という極論に達してしまうことも考えられます。

特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する指導についても、近年議論が高まっています。話題に上るのは、特異な才能と学習困難とを併せ持つ児童生徒に対する教育ですね。例えば鉛筆で書く、ということが非常に困難であるため、劣等生のレッテルを貼られていたが、適切な援助のおかげで特異な才能が開花した、というようなものです。

ですが、その適切な援助をどの担任の先生にも求めるのは違いますので、遠隔・オンライン教育も活用した実証的な研究開発を行い、さらなる検討・分析を実施する必要がある、と答申では述べられています。

どんな子供も取りこぼさない、今までもしかしたら取りこぼしていた子どもの中に、適切な援助があれば生きづらさが楽になる子どもがいたかもしれない、ということを、だんだん考えることができるようになってきたということです。

それは、現場の先生方のたゆまぬ努力のたまものではありますが、それを、ICTを活用して実現していく、という方略が全国で広まっていくといいなと思います。そのためのご支援を、私たちはしておりますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。

次回は第2部各論の2「9年間を見通した新時代の義務教育の在り方について」の続きを読んでいきます。