令和の日本型教育とは⑨

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「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)が令和3年1月26日に中央教育審議会より出されました。

この答申を少しずつ読んでいきましょう。今までチュウキョウシントウシンとカタカナで聞こえていた内容が、中教審答申と漢字で聞こえるようになるように、行政職の皆様も知識を蓄えていっていただければと思います。

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本日は第1部総論の4「「令和の日本型 学校教育」の構築に向けた今後の方向性」を読んでいきましょう。

(1)学校教育の質と多様性、包摂性を高め、教育の機会均等を実現する、ですが、とにかく新しい時代を子どもたちは生きるわけで、そこに必要となる資質・能力をより一層確実に育むためにどうするか、という出だしから始まります。全編この方向で貫かれています。

基礎学力を保証することが第一社会性を育むことが第二に書かれています。学校では基礎学力を保証することが大事だということですね。「勉強なんかできなくてもいい」という価値観は否定されるものではありませんが、学校で過ごすほとんどの時間が授業という学習の時間である子どもたちが、何を言っているのかわからない苦痛の時間を過ごさせるのは得策ではありません。少しでもわかりやすく、人生において自分の道を切り開けるように、基礎的な学力は子どもの様々なシチュエーションに合わせて保障されるべきだと私は考えます。そのために、多様で柔軟な仕組みを整備すること、と答申にはあります。

そこで出てくるのが、「そんなスーパー先生どこにいるんだ」です。まったくその通りです。理想を口にするのはとても簡単ですが、それを実行するのはとてつもなく困難です。

そのため、答申でも、「学校に十分な人的配置を実現し」とあります。人的配置をしなければならないことは国も重々承知しているわけです。

その配置を活用して、例えば性同一障害や性的思考・性自認に悩みを抱える子供に、安心して学べる環境を整えることの重要性も書かれていますし、一人一人の内的ニーズや自発性に応じた多様化を軸にした学校文化となることを求めているのです。

ICTの活用では、度々話題に上るのが、「現に学校教育になじめないでいる子供に対して、実質的に学びの機会を保障していく」ことと「離島・中山間地域等の地理的条件に関わらず教育の質と機会均等を確保すること」が挙げられます。

これは、憲法第14条及び第26条、教育基本法第4条の規定に基づく教育の機会均等を真の意味で実現していくことが必要である、と述べられています。更に、機会均等とは、教育水準を下げる方向での均等を図るものではなく、教育水準を上げる方向で均等を実現すべき、とも述べられています。大変よくわかっている答申だなとつくづく思います。

教育の機会均等は、憲法で規定されているのです。だから、実現のために努力しなければならないものだと私は考えます。都市部で生まれ育つことのアドバンテージが大きいとも考えられる現在、地方の子どもがGIGAスクール構想で得た一人1台の端末を活用して、様々な体験ができ、アウトプットをできる状況になってほしいと思います。そのためのご支援を粛々と進めてまいります。

ただ、そんなことを言っていても、先生方ご自身が「全ての家庭にICT環境が整っていないので学びの保障のためにICTは活用しない」ということや、域内で足並みをそろえる必要がある、と一番遅い足並みに揃えたりすることに対して、疑問を持たれないことがあったとすれば、それが問題であると私は考えます。お一人お一人の先生方が主体的に、「どうしたらよいのか」と考える姿を子どもたちに見せていただけることによって、子どもたちは多様性を学ぶでしょう。現実に行動するのがとても難しいことは分かっています。なので、「え、そうかな?」と思われたことを大事にしていただきたいと思います。

行政職の皆様は市民からのクレームが最も困られることだと思います。誰だって困るのですが、少数の声の大きな人のために黙っている一般市民も困っているのです。10年後を見据えて、行政職の皆様が学校を後押しして、一人1台端末を積極的に活用するように推進していただけると、先生方はとてもとても安心されると思います。

次回は第1部総論の4「「令和の日本型 学校教育」の構築に向けた今後の方向性」の続きを読んでいきます。